興聖寺

曹洞宗最初の寺院

曹洞宗の開祖・道元が最初に開いた禅刹で、曹洞宗最初の寺院である。法堂縁側の血天井は、伏見城の遺構が使われている。また、ヤマブキやカエデが茂る参道は「琴坂」と称し、宇治十二景の1つに数えられている。

興聖寺

興聖寺について

撮影後記

 滔々と流れる宇治川を背後に、ゆるやかにのぼるモミジの参道を進むと、朝日山を背景に諸堂が整然と立ち並んでいます。 琴坂の石積の上につつましく咲く一重山吹は「春岸の山吹」として、宇治十二景の1つに数えられています。 また、カエデの紅葉も素晴らしく、秋になるとカメラマンの姿もちらほら見受けられました。
 平等院の鳳凰堂だけ見て満足することなく、この禅刹まで足をのばしてみるのもよろしいかと。 晩秋の時期ならば、ついでに、宇治川に沿って天ケ瀬ダムまで散策してみてみるのもいいでしょう。

概要・歴史

山号を仏徳山(ぶっとくさん)とする曹洞宗寺院。 曹洞宗の祖・道元禅師が最初に開いた寺で、日本曹洞宗最初の寺院で僧堂がある。 本尊は釈迦三尊。 道元は宋からの帰国後の1233年、伏見深草にあった藤原氏ゆかりの極楽寺の跡に道場として興聖宝林寺を開創する。 1236年には、伽藍を整備し僧堂が開かれた。 そののち、比叡山延暦寺の弾圧を受け、1243年、道元が越前永平寺に下向して以降荒廃し、住持4代で廃絶した。 1649年、淀城主の永井尚政が、中興開山として万安英種を招聘して5世住持とし、宇治七名園の一つ朝日茶園のあった現在地に復興し、父の直勝と、長久手の戦いで討った池田信輝を弔った。 法堂縁側の天井は、伏見城の遺構が使われ、血天井の跡が、わずかに見られる。 山門に通じる参道は「琴坂」と称し、宇治十二景の1つに数えられている。

住所: 京都府 宇治市宇治山田27

更新履歴

2010年11月6日
初版をアップロードしました。
2011年6月6日
ギャラリーに作品を3点追加しました。
2012年1月23日
ギャラリーに作品を2点追加しました。
2013年12月31日
携帯電話・スマートフォン専用壁紙を休止しました。
2014年1月1日
一部の無料壁紙を会員限定の閲覧に制限しました。

興聖寺紀行のコメント

コメント欄

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