聖光寺

鎮西派根本道場

四条河原町にある浄土宗鎮西派寺院で、浄土宗第2祖聖光房弁長(鎮西上人)が開山した根本道場である。 大石良雄実母や、天野屋利兵衛のモデルといわれる安田好時の墓があり、「忠臣蔵ゆかりの寺」としても知られる。

聖光寺

聖光寺について

基本情報

山号寺号
錦綾山聖光寺(きんりょうざんしょうこうじ)
宗派
浄土宗鎮西派
創建
1204年(元久元年)
開山
弁長(鎮西上人) - 浄土宗第二祖。
開基
康慶
本尊
釈迦如来
駐車場
専用駐車場なし
交通機関
四条河原町バス停徒歩3分
住所
京都府京都市下京区中之町584-1

概要

四条河原町の南西にある浄土宗鎮西派に属する寺。 当地には平安時代後期、仏師康慶の居宅があり、その後園に浄土宗第二祖聖光房弁長(鎮西上人)の草庵があったと伝わる。 鎮西上人は、ここから8年間、法然上人の許に通い、浄土宗の法灯を受け継いだと伝えられている。 1204年、弁長の帰郷に際し、康慶はその真影を草庵に奉安し、聖光庵と称したことに始まる。 大石良雄実母の墓や、義商天野屋利兵衛のモデルといわれる安田好時の墓があり、「忠臣蔵ゆかりの寺」としても知られる。

見所

観光名所
本堂 - 鎌倉時代作と伝わる嵯峨式釈迦如来立像を安置する。
地蔵堂 - 開運地蔵菩薩が安置されている。
墓地 - 忠臣蔵の大石良雄実母の墓、義商天野屋利兵衛(綿屋善右衛門)のモデルといわれる安田好時の墓がある。

歴史

平安時代後期
仏師康慶の居宅があったと伝わる。
1197年
天台宗僧・聖光房弁長(鎮西上人)は、仏師康慶に造像を依頼し、康慶の邸宅に寄宿し、浄土宗の法然門下になった。
1204年
弁長の帰郷に際し、康慶はその真影を草庵に奉安し、聖光庵と称した。
中世
兵火などで荒廃した。
1578年
再興され、聖光寺と改められた。
1832年
焼失後、尊超入道親王が復興し、現在の伽藍が建てられた。

撮影後記

 四条河原町のタカシマヤ南西に寺基を構える繁華街にある寺院です。 境内には「鎮西流根本之地」の石標の他に、「赤穂義士を陰で支える」と刻まれた天野屋利兵衛之墓所地の石碑や、「天野屋利兵衛は男でご座る」と刻まれたものなどもあり、忠臣蔵ファンなら訪れるべき場所です。

更新履歴

2014年12月11日
初版をアップロードしました。

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