長建寺

島の弁天さん

伏見の中書島にある真言宗醍醐派の寺で、「島の弁天さん」として有名。1699年、伏見奉行 建部政宇が、衰退した伏見の復興のために中書島を開拓し弁財天を祀り、一帯に歓楽街を築いたことで、賑わいを取り戻した。

長建寺

長建寺について

基本情報

山号寺号
東光山長建寺(とうこうざんちょうけんじ)
別称
島の弁天さん
宗派
真言宗醍醐派
創建
1699年(元禄十二年)
開基
建部政宇 - 伏見奉行。
本尊
弁財天
札所
京の通称寺霊場 第42番
駐車場
無料駐車場あり
交通機関
京阪中書島駅徒歩3分、中書島バス停徒歩3分
住所
京都府京都市伏見区東柳町511

概要

伏見の中書島にある真言宗醍醐派に属する寺で、8本の腕を持った八臂弁財天を本尊とし、「島の弁天さん」として知られている。 1699年(元禄12年)、伏見奉行 建部政宇が、伏見城が廃城となり衰退した伏見の復興のために中書島を開拓し、深草大亀谷の即成就院塔頭 多聞院を現在地に移し弁才天を祀ったのが起源である。 寺名は建部氏の長寿を願って号された。 建部政宇は長建寺一帯に遊郭や旅籠などを集めて歓楽街を築いたことで、十石船や三十石船の荷夫や商人などが集まり、伏見は往時の賑わいを取り戻した。 毎年7月第4日曜に行われる「弁天祭」は、かつては淀川に御輿や篝船がくり出す舟渡御が行われていた。 現在は醍醐派修験道の最高の神髄として柴燈大護摩修行が行われている。

見所

観光名所
本堂 - 鎌倉時代後期作の8本の腕を持った八臂弁財天(はぴべんざいてん)が安置されている。「島の弁天さん」と呼ばれ、淀川を往来する廻船の守護神とされた。
山門 - 竜宮造。
鐘楼 - かつて弁天浜に発着する三十石船に時を告げた梵鐘は、太平洋戦争で供出されてしまった。鐘楼の下に和歌のおみくじがある。
閼迦水(あかすい) - 伏見の名水が湧いている。手水は即成就院から移されたものという。
境内社 - 摩利支尊天、飛龍大権現が祀られている。

行事

1月1~15日
初参り五福めぐり - 秘仏八臂弁財天が開帳され、現世利益を授かるため多くの参拝者で賑う。
2月3日
節分祭
4月第2日曜
桜祭開山忌
7月第4日曜
弁天祭 - 洛南三奇祭のひとつで、醍醐派修験道の柴燈大護摩修行が行われる。昭和26年まで淀川に御輿や篝船がくり出す船御渡が行われていた。

歴史

1619年
伏見城が廃城となり、伏見は衰退していった。
1694年
「中書さん」と称され、地名ともなった脇坂安治の下屋敷が取り壊された。
1699年
伏見奉行 建部政宇が、伏見の復興のために中書島を開拓し、深草大亀谷の即成就院塔頭 多聞院を現在地に移し創建された。

撮影後記

 かつての中書島遊郭の一角に建ち、技芸上達の弁天さんとして芸子さんの信仰を集めました。 京都で弁才天が本尊となっている寺院は、長建寺をおいて他にありません。 また水の神でもある弁才天は、淀川を往来する廻船の守護神としても信奉されました。 門前を流れる東濠川には観光船の十石舟の発着場があります。 遊女や船頭さんたちへ、境内の梵鐘を撞ついて時を知らせたといわれます。

更新履歴

2015年2月27日
初版をアップロードしました。

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