神護寺

タカオモミジ

高雄山中腹に位置する山岳寺院で、タカオモミジが染まると、京都の紅葉シーズン到来として知られる。開基は和気清麻呂で、神護寺初代の弘法大師空海は、唐より帰朝後、14年間住持し、真言密教の基礎を築いた。

神護寺

神護寺について

撮影後記

 イロハモミジとか普通の楓の別名「タカオモミジ(タカオカエデ)」の語源である高雄山にある古刹。 無論、京都の紅葉の名所として知っている方は多いでしょう。 さらに、北の槇尾・栂尾と合わせて三尾と呼ばれ、清滝川流域でも最も紅葉が美しい流域です。 市街の紅葉より1週間ほど早く紅葉狩りが楽しめます。
 日中は、さすがに三尾で最も賑わうお寺さんですので、高雄詣の人で溢れますが、朝や日も西に傾くと、意外と静かなお寺で、落ち着いて撮影できます。 また、宵になると、ライトアップされ、幻想的な世界になります。 東山の紅葉ライトアップのように、ものすごい人が詰めかけるわけではないので、オススメです。

概要・歴史

山号を高雄山とする真言宗遺跡本山。 本尊は薬師如来、開基は和気清麻呂である。 愛宕山山系の高雄山中腹に位置する山岳寺院で、紅葉の名所として知られる。 平安遷都の提唱者であり平安京造営の推進者として知られる和気清麿(和気清麻呂)が、愛宕五坊の一つ高雄山寺を建立したことによる。 清麻呂が没すると墓が祀られ、和気氏の菩提寺としての性格を強めることになる。 和気一族は、叡山の伝教大師最澄や弘法大師空海をこの寺に招いて活躍の場とされたため、時の仏教界に新風を送ることとなり、平安仏教の発祥地となった。 神護寺初代・弘法大師は、唐より帰朝後、14年間住持し真言密教の基礎を築いた。 のちの東寺や高野山金剛峰寺と並ぶ霊刹である。 その後、荒廃するが平安末期に、後白河法皇・源頼朝の寄進を得て文覚上人によって中興された。 天文年中の兵火や明治初年の廃仏毀釈の弾圧にも消えることなく法灯を護持している。 現在の堂宇は、応仁の乱で兵火にあい、弘法大師の住房であった大師堂を除き、江戸時代以後に再建されたものである。 金堂本尊の「木造薬師如来立像」、多宝塔に安置されている「木造五大虚空蔵菩薩坐像」、9世紀の両界曼荼羅図で、高雄曼荼羅と呼ばれる「絹本著色釈迦如来像」、 三幅の肖像画で、神護寺三像として知られる「絹本着色伝源頼朝像、伝平重盛像、伝藤原光能像」、日本三名鐘の一つ「梵鐘」、空海の自筆「灌頂歴名」、平安時代後期の起請文「文覚四十五箇条起請文」が国宝指定を受けている。

住所: 京都市右京区 梅ヶ畑高雄町5

更新履歴

2010年10月24日
初版をアップロードしました。
2011年1月22日
ギャラリーに作品を10点追加しました。
2011年6月2日
ギャラリーに作品を3点追加しました。
2013年12月31日
携帯電話・スマートフォン専用壁紙を休止しました。
2014年1月1日
一部の無料壁紙を会員限定の閲覧に制限しました。

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