京都 四季の古都紀行
Kyoto: Ancient Capital for Thousand Years
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京都 四季の古都紀行
Kyoto: Ancient Capital for Thousand Years
金玉山と号する天台宗の寺である。 805年(延暦24年)、桓武天皇の勅願により尾張連定鑑(おわりのむらじじょうかん)が、最澄を請じて創建し、日本初の護摩祈祷道場となった。 その後、鳥羽天皇皇女の入寺もあって17の支院を有し興隆した。 応永年間(1384~1387年)に国阿上人が中興し、時宗国阿派の本山東山道場となった。 応仁の乱後衰え、明治時代の廃仏毀釈で塔頭が廃され、天台宗に復した。 かつては広大な寺領を誇っていたが、高台寺、東大谷、円山公園の造営に伴って寺領を献上した。 本堂には最澄自作という本尊薬師如来坐像(重文)を安置している。 また此の地には、西行法師や頓阿などの歌人が庵住したといわれ、西行は蔡華園院を営み、終焉の地であったと伝わる。 南西の飛地境内には西行堂や西行庵が建っている。
円山音楽堂の東隣にある寺で、「雙」は「双」の旧字体です。 現在は境内に石材店がある目立たない小寺となっていますが、以前は数万坪ともいわれる広大な寺領を誇っている大寺だったそうです。 円山公園の周辺にある長楽寺や安養寺などと同じく、檀越がいなくて御上に接収され、沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわすといった訳です。
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