満願寺

岡崎の妙見さん

「岡崎の妙見さん」と呼ばれる日蓮宗寺院。西ノ京にあった菅原道真を追悼する真言宗寺院が起源で、1697年に日蓮宗に改宗して岡崎に移った。ほどなくして現伽藍が造営され、江戸中期の日蓮宗の寺観をよく伝えている。

満願寺

満願寺について

基本情報

山号寺号
示現山満願寺(じげんざんまんがんじ)
別称
岡崎の妙見さん
宗派
日蓮宗
創建
940年(天慶三年)
開山
日享 - 日蓮宗改宗。
開基
宗遍 - 日蓮宗改宗。
本尊
三宝尊
札所
洛陽十二支妙見めぐり 辰(東南東)
駐車場
無料駐車場あり
交通機関
動物園前バス停徒歩5分
住所
京都府京都市左京区岡崎法勝寺町130

概要

「岡崎の妙見さん」とも呼ばれる日蓮宗寺院。 940年(天慶三年)、菅原道真乳母という多治比文子が、北野朝日寺の最珍を開山に、西ノ京に道真を追悼する真言宗寺院を創建したのが起源と伝わる。 北野天満宮の御供所であった北野七保のなかの五ノ保社ともなっていた。 1697年(元禄十年)、宗遍は日享上人に帰依し、日蓮宗に改宗し、間もなく岡崎法勝寺の旧積に移った。 ほどなくして現伽藍が造営され、江戸時代中期における日蓮宗の一般寺院の寺観をよく伝えている。

見所

国重要文化財
絹本著色三仏諸尊集会図 - 南宋時代の筆。鎌倉仏画に少なからず影響を及ぼした寧波仏画の優れた一本。
市文化財
本堂 - 元禄15年(1702年)から宝永元年(1704年)にかけて造営されたもので、市内に残る日蓮宗の一般寺院本堂としては古い。
鐘楼 - 江戸時代中期の建築。
表門 - 江戸時代中期の建築。
手水舎 - 江戸時代中期の建築。
文子天満宮本殿 - 江戸時代中期の建築。
文子天満宮拝殿 - 江戸時代中期の建築。
観光名所
阿伽井 - 法勝寺で使われていた井戸といわれている。
俊寛僧都故居之碑 - 法勝寺執行俊寛の住居跡の石碑。
溝口健二之碑 - 映画監督・溝口健二の石碑。「大阪物語」の石碑も建つ。
墓地 - 映画監督・溝口健二、浄瑠璃三味線8代・野沢喜八郎が眠る。

歴史

940年
菅原道真乳母という多治比文子は、朝日寺の最珍を開山に、西ノ京に道真を追悼する真言宗寺院を建立したと伝わる。
1697年
宗遍は日享上人に帰依し、日蓮宗に改宗した。
1700年
東山天皇の時、勅願寺になった。
1702年
現在地に移った。
1704年
現在の本堂が造営された。

撮影後記

 京都御所から見て十二支の辰(東南東)の方角にあたり、洛陽十二支妙見めぐりの辰の札所になっています。 白河天皇が建立した法勝寺の旧積が此の地にあったそうで、境内には法勝寺の遺構ともいわれる井戸などが見られます。 また空中写真を見ると、本堂の向こう側に池泉庭園があるようですが、拝観はしたことはありません。

更新履歴

2014年12月12日
初版をアップロードしました。

満願寺紀行のコメント

コメントを書く

お名前 ※
ホームページ
コメント本文 ※
認証キー ※ (半角)
Captcha Code

フェイスブックを開始しました。上のタブからどうぞ。

おすすめギャラリー

鎌倉

鎌倉紀行

作品追加中
さくら

さくら紀行

作品追加中
美瑛・富良野