岡崎神社

東天王

平安京鎮護のため都の東に創建され「東天王」と称された。方除け・厄除けとして信仰が厚い。平安時代末、中宮の安産祈願の奉幣を賜ったことから、安産の神としても信仰される。兎が神使として崇められている。

岡崎神社

岡崎神社について

基本情報

社名
岡崎神社(おかざきじんじゃ)
別称
東天王(ひがしてんのう)、東天王社、竜神さん
創建
794年(延暦13年)
主祭神
素戔嗚尊(スサノオ)、櫛稲田媛命(クシナダヒメ)、八柱御子神
旧社格
郷社
例祭
7月16日 - お涼み。
駐車場
無料駐車場あり
交通機関
市バス岡崎神社前下車すぐ
住所
京都府京都市左京区岡崎東天王町51

概要

平安京鎮護のため都の四方に建立された社の一つで、都の東にあたるところから「東天王」と称され、方除け・厄除けとして信仰が厚い。 平安時代末、中宮 建礼門院の安産祈願の奉幣を賜ったことから、安産の神としても信仰されるようになった。 古来、都の卯(東)の方位は野兎の生息地で、ウサギが神使として崇められている。 毎年10月16日の「氏子祭」では、剣鉾と神輿が氏子町を巡行し、稚児列が繰り出す。 神輿には、ウコンや錦帯を巻き、安産が祈願される。

見所

観光名所
本殿
拝殿
子授けうさぎ像 - 手水舎には、月の力を満たしたうさぎ彫像が置かれ、水をかけてお腹を擦ると願いが成就するといわれる。
狛犬 - 台座に兎の彫刻が彫られている。
儀式殿(鶴泉殿) - 神前結婚式の挙式が可能。
末社
雨ノ社 - オオヤマツミ(酒解神)を祀る。もと大文字山がある如意ヶ岳にあった祠で、「竜神さん」と称され、雨乞の神として信仰を集める。近くに竜の池と、庭園「竜泉苑」がある。
三宮社 - ウカノミタマ(稲荷神)を祀る。
祖霊社 - 氏子の祖霊を祀る。

祭事

1月1日
歳旦祭
1月15日
成人祭
2月3日
節分祭 - 人形焚き上げ。(福豆授与)
3月16日
祈年祭 - 春祭り。
4月6日
入学祭
6月30日
夏越大祓式 - 茅の輪くぐり。(ミニ茅の輪授与)
7月16日
例大祭(お涼み)
9月15日
敬老祭
10月11日
出御祭
10月16日
氏子大祭 - 秋祭り。旧二条城にあったといわれる大櫓太鼓を先頭に犬鷹鉾をはじめとする振鉾と神輿が、氏子町を巡行する。神輿には、ウコンや錦帯を巻き、安産が祈願される。
11月16日
火焚祭 - 火焚串焚き上げ。
11月23日
新嘗祭
12月31日
年越大祓 - 人形焚き上げ(御神札授与)。

歴史

794年
平安京鎮護のため都の四方に建立された社の一つで、北白川の地に建てられ、都の東にあたるところから「東天王」と称された。
810年~824年
弘仁年間、北白川の社殿が焼失した。
869年
焼失した北白川の社殿が、清和天皇によって現在地に再建され、スサノオ(牛頭天王)が、播磨国から勧請された。
877年~885年
元慶年間、この地に清和天皇の護願寺として建立された東光寺があり、東天王社は、その鎮守社であったとも伝わる。
 
その後、牛頭天王が八坂神社に移され祀られた。
1178年
建礼門院の安産祈願の奉幣を賜ったことから、安産の神としても信仰されるようになった。
鎌倉時代末
後醍醐天皇により社殿が再建された。
室町時代
八代将軍 足利義政により社殿の修造がなされた。
応仁の乱
兵火で炎上し、東光寺は廃寺となり、東天王社のみが残された。
1531年
兵乱で岡崎一帯が焼亡し、東天王社も焼失。
 
その後、岡崎村の産土神として再建された。
1865~1868年
慶応年間、「岡崎神社」と呼ばれるようになった。

撮影後記

 平安神宮の東側、くろ谷の南に建つ神社です。 うさぎが神徒として、境内のあちらこちらで兎像や彫刻が見られます。 ウサギは、プレイボーイのロゴで有名なように多産であることから、子授け安産祈願の御利益があります。 東は卯の方位でもありますし、明治時代の岡崎の古写真を見ると、今と違い長閑な田園風景が広がっていたので、畑に作物を食べにくる野ウサギが多かったのでしょうね。

更新履歴

2012年3月7日
初版をアップロードしました。
2013年12月31日
携帯電話・スマートフォン専用壁紙を休止しました。
2014年3月23日
登録カテゴリを洛東から移動しました。

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