聴松院

大聖摩利支尊天

臨済宗大本山南禅寺の塔頭のひとつである。南北時代初頭、南禅寺14世清拙正澄の塔所として創建されたのが起源である。鎮守の摩利支天堂には、清拙正澄が元から将来した秘像の大聖摩利支尊天の図像を奉安している。

聴松院

聴松院について

基本情報

寺号
聴松院(ちょうしょういん)
宗派
臨済宗南禅寺派
寺格
南禅寺塔頭
創建
南北時代初頭
開山
清拙正澄(せいせつしょうちょう) - 南禅寺14世。
本尊
摩利支天
駐車場
有料駐車場あり - 南禅寺駐車場利用。
交通機関
永観堂前バス停徒歩5分、地下鉄蹴上駅徒歩7分
住所
京都府京都市左京区南禅寺福地町86-15

概要

臨済宗大本山南禅寺の塔頭のひとつである。 南北時代初頭、清拙正澄の塔所として「瑞松庵」が創建されたことが起源という。 応仁の乱で焼失。 1529年(享禄2年)室町幕府管領 細川満元が再興して、「聴松院」に改称された。 摩利支天堂には清拙正澄が元から将来した秘像の大聖摩利支尊天の図像を奉安する。 池泉回遊式庭園は「都林泉名勝図会」にも紹介されている名庭である。

見所

国重要文化財
絹本著色細川蓮丸像 - 桃山時代の作。天正十五年(1587年)梅谷元保の賛。
絹本著色天境霊致像 - 南北朝時代の作。永徳元年(1381年)の自賛。
観光名所
摩利支天堂(本堂) - 秘像の大聖摩利支尊天の図像を奉安する。清拙正澄が元から将来したものと伝わる。摩利支天の使徒である狛猪は明治25年の建立。
書院 - 藤堂高虎の建立といわれる。
庭園 - 「都林泉名勝図会」にも紹介されている池泉回遊式庭園。亀山天皇の離宮跡とも、相阿弥の作庭ともいわれる。

歴史

南北朝時代初頭
清拙正澄の塔所として「瑞松庵」が創建されたと伝わる。
応仁の乱
兵火で焼失した。
1529年
細川満元が再興して、「聴松院」に改称された。
戦国時代
足利義晴、織田信長、蒲生氏郷らが止宿した。
1596~1615年
慶長年間、藤堂高虎が寓居して書院を建立した。

撮影後記

 南禅寺の鹿ケ谷道沿いに建つ塔頭で、摩利支天堂だけ公開されています。 江戸元禄時代から名物の湯どうふを饗していたことでも知られています。 ただ、平成19年に暖簾を下ろしてしまいましたが。 東隣には湯豆腐の老舗「奥丹」の南禅寺店が現在営業しています。

更新履歴

2015年10月4日
初版をアップロードしました。
2015年10月13日
ギャラリーに作品を1点追加しました。

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