新善光寺

後嵯峨院勅願寺

真言宗泉涌寺派総本山泉涌寺の塔頭のひとつ。 1243年、後嵯峨天皇の勅願によって、信濃善光寺の阿弥陀如来を模して本尊とし一条大宮に創建された。応仁の乱で灰燼に帰し泉涌寺山内に移され、寛文年間に再興された。

新善光寺

新善光寺について

基本情報

寺号
新善光寺(しんぜんこうじ)
宗派
真言宗泉涌寺派
寺格
泉涌寺塔頭
創建
1243年(寛元元年)
開山
値願念西
開基
後嵯峨天皇
本尊
阿弥陀如来
札所
京都泉山七福神巡り(番外)
駐車場
無料駐車場あり - 泉涌寺駐車場利用。
交通機関
泉涌寺道バス停徒歩8分、京阪・JR東福寺駅徒歩16分
住所
京都府京都市東山区泉涌寺山内町31

概要

真言宗泉涌寺派総本山泉涌寺の塔頭のひとつ。 1243年(寛元元年)値願念西が歓進し、後嵯峨天皇の勅命によって、信濃善光寺本尊と同体の全銅阿弥陀如来立像を鋳造して本尊とし、一条大宮の地に新善光寺が創建された。 室町時代には寺勢は盛んであったが応仁の乱の兵火で灰燼に帰し、1473年(文明5年)後土御門天皇の勅命により泉涌寺山内に移された。 現域に落着くのは寛文年間(1661年~1673年)で、孤雲正瑞により再興された。 本堂には後嵯峨上皇の念持仏であった善光寺阿弥陀如来立像の模刻鋳造仏を安置している。

見所

観光名所
本堂 - 後嵯峨院の念持仏であった善光寺阿弥陀如来立像の模刻鋳造仏を安置。
書院 - 寛文年間(1661年~1673年)の建立。前庭に十三重石塔が立つ。
愛染堂 - 除災招福、家庭円満の愛染明王を祀る。成人の日に行われる京都泉山七福神巡り番外となっている。
墓地 - 知恩院初代門跡の良純入道親王の宝篋印塔。

歴史

1243年
値願念西が歓進し、後嵯峨天皇の御願寺として一条大宮の地に創建された。
応仁の乱
兵火で灰燼に帰した。
1473年
後土御門天皇の勅命により泉涌寺山内に移された。
1661~1673年
寛文年間、孤雲正瑞により現在地に移り再興された。

撮影後記

 泉山幼稚園が併設されている御寺泉涌寺の塔頭です。 普段は中門が閉じられていて本堂にお参りできないようですが、毎年成人の日に行われる泉涌寺七福神めぐりのときには境内自由となります。 八重の紅しだれ桜も艶美なようですので、機会があれば両時期に訪ねてみたいものです。

更新履歴

2015年10月12日
初版をアップロードしました。

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