桂春院

桂春院庭園

臨済宗妙心寺の塔頭。1598年に織田信忠の次男 津田秀則が創建したのが起源。庭園は創建当時のもので、国の名勝・史跡に指定されている。庸軒流茶道の開祖 藤村庸軒が愛好したとされる茶室が書院に隠れるように佇む。

妙心寺桂春院

妙心寺桂春院について

基本情報

寺号
桂春院(けいしゅんいん)
宗派
臨済宗妙心寺派
寺格
妙心寺塔頭
創建
1598年(慶長三年) - 見性院(けんしょういん)創建。
開山
水庵宗掬(すいあんそうきく)
開基
津田秀則(織田秀則)
本尊
薬師如来
駐車場
無料駐車場あり - 妙心寺駐車場利用。
交通機関
京福妙心寺駅徒歩5分、市バス妙心寺北門前徒歩5分
住所
京都府京都市右京区花園寺ノ中町11

概要

臨済宗妙心寺の塔頭。 1598年に織田信忠の次男 津田秀則が見性院を創建したのが起源。 江戸時代初期に「桂春院」と改名された。 庭園は創建当時のもので、国の名勝・史跡に指定されている銘庭である。 かつて妙心寺では、坐禅修行を第一義とする風宗で、茶道などの芸術味を嗜むことは邪道であるとされた。 書院の背後に隠れるように既白庵(きはくあん)茶室があり、修行を終えた老僧たちの間で静かに嗜まれていた。 庸軒流茶道の開祖 藤村庸軒(ふじむらようけん)が愛好した茶室と伝えられる。

見所

国名勝・国史跡
桂春院庭園 - 方丈の東に「思惟の庭」、南に「真如の庭」、北に「清浄の庭」、書院前庭に露地の「侘の庭」がある。作庭者や年代は不明だが、遠州系の玉淵坊が作庭したといわれる。
国重要文化財
無明慧性墨蹟
法雲閑極墨蹟
古林清茂墨蹟
大燈国師墨蹟
高麗高木井戸茶碗
安南絞手水指
千利休茶杓
千宗旦茶杓
藤村庸軒茶杓
府文化財
方丈 - 1631年建立。狩野山楽の弟子である狩野山雪筆の襖絵で飾られている。
書院 - 1631年、石河貞政が城主を務めていた江州長浜城から茶室 既白庵とともに移設された。
庫裏
表門
観光名所
既白庵 - 上記書院ともに移築した茶室。茶人 藤村庸軒が愛好したといわれる。

歴史

1342年
妙心寺の開山。
1598年
織田信忠の次男 津田秀則が、水庵宗掬を開山として見性院を創建。
1632年
秀則死後、美濃の豪族 石河貞政(いしこさだまさ)が、亡き父 光政の五十年忌供養のために、現在の方丈、庫裡、書院、茶室等が建立され、光成の次男であった桂南守仙(けいなんしゅせん)を請じて、「桂春院」と改められた。寺号は、両親の法名「天仙守桂大禅定門」の「桂」と、「裳陰妙春大姉」の「春」から。
昭和6年
庭園が国の史蹟名勝に指定された。

撮影後記

 妙心寺の数ある塔頭で、退蔵院・大心院とともに通年公開されている塔頭です。 広大な境内でも北東側に建っているので、花園駅からの正面からだと辿り着くまでにある程度時間がかかります。 できれば、京福電鉄を利用して一条通の北側からアプローチした方が早いです。
 妙心寺は、もともとシーズンでもそれほど混みあうこともなく、桜の時期は退蔵院、紅葉は大法院に集中し、桂春院は比較的落ち着いています。 落ち着いた雰囲気が好きな方はどうぞ。

更新履歴

2011年10月22日
初版をアップロードしました。
2013年12月31日
携帯電話・スマートフォン専用壁紙を休止しました。
2014年1月1日
一部の無料壁紙を会員限定の閲覧に制限しました。

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