さくら紀行
全国の一本桜、名桜、お花見名所への巡礼記憶
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さくら紀行
全国の一本桜、名桜、お花見名所への巡礼記憶
征夷大将軍源頼朝は、鎌倉幕府の祈願寺として下伊那郡高森町の瑠璃寺を選定し、750石の寺領と共にエドヒガンザクラ三株を寄進した。 その後継木が薬師堂前庭のシダレザクラ、鐘楼東の地主桜(二世)、児童館南のアズマヒガンと伝わる。 薬師堂前庭のシダレザクラは、戦前まで長野県指定天然記念物であった。 鐘楼東の地主桜は、昭和51年に枯死の様相を帯びていたが、根元から新芽を出し現在の大木にまで成長した。 児童館南のアズマヒガンは、明治6年の学制発布により瑠璃寺塔頭全性院を明性小校とした跡地に生育している。
瑠璃寺には早朝、昼頃、夕方の計三度お邪魔しました。 早朝撮影でシダレザクラを撮っていると間もなく曇ってしまい、後ほど天候が回復したら取り残した二本を撮ろうと一旦他所へ。 しかしながら天候の回復の気配がないことから、やむなく曇天撮影と腹を据えて再訪。 その後に春時雨が来て、一雨上がった後に天候が急回復。 急いで踵を返して、地主桜とアズマヒガンを再撮影しました。
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