来迎寺

ミモザ

源頼朝が三浦半島の衣笠城主であった三浦義明の菩提を弔うため建立したのが起源である。その後、開山の音阿が時宗に帰依し時宗寺院となった。春の彼岸の頃には、ミモザの大木が咲きほこり見事である。

来迎寺

来迎寺について

撮影後記

 時宗寺院ですが、もとは源氏とゆかりの深い由緒ある古刹です。 このお寺は、なんといってもミモザが有名。 普段は静かで観光寺院ではありませんが、ミモザが咲くころになると目の肥えた鎌倉通の方が大勢やってきます。 ちょうど冬から春へと季節の変わり目で、長らく山茶花や梅など控えめに咲く冬花を見てきて、いざミモザのような鮮やかな花を目の当たりにすると、いよいよ鎌倉にも春の到来を感じさせてくれます。
 なお、行かれる方は、材木座の来迎寺ですのでお間違いのないように。 二中の近くの西御門にも来迎寺というお寺があります。

概要・歴史

山号を随我山とする時宗の寺院。 創建は1194年、開山は音阿、本尊は阿弥陀三尊である。 1194年、源頼朝が三浦大介義明の菩提を弔うために建立した真言宗能蔵寺が起源である。 開山の音阿が時宗に帰依し、1335年に時宗来迎寺となった。 三浦半島の衣笠城主であった三浦義明は、頼朝旗揚げ(石橋山の戦い)の際、畠山重忠の軍勢と戦い、八十九歳で居城にて討死した。 頼朝は、義明が十七回忌まで生きたものとみなすよう伝えたため、「百六つ義明公」と尊称される。 境内には義明の木像と五輪塔が、本堂裏には三浦一族の墓、百基余りの五輪塔が立っている。 本尊の阿弥陀三尊は、義明の守り本尊といわれ運慶作と伝わる。 また、子育て観音もあり、庶民の寺として親しまれている。 春の彼岸には、ミモザの大木が咲きほこる。

住所: 神奈川県 鎌倉市材木座2丁目9-19

更新履歴

2011年2月19日
初版をアップロードしました。
2013年12月31日
携帯電話・スマートフォン専用壁紙を休止しました。
2014年1月1日
一部の無料壁紙を会員限定の閲覧に制限しました。
2014年11月17日
ギャラリーに作品を1点追加しました。

来迎寺紀行のコメント

コメント欄

次の實相寺の項を拝見しましたら、ミモザの枝が折れてしまった事は、ご存じだったのですね。
余計な事を書き込みまして失礼しました。

来迎寺のミモザはとても見事で、毎年楽しみにしていましたが、2010年12月に竜巻の被害に遭い、大木は無残な姿になってしまいました。
隣りの若い方の木は、根元から倒れたらしいのに昨春は元気に咲いていましたが…。
機会がありましたら一度いらしてみて下さい。
ご参考まで
http://web-kamakura.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/post-c6c3.html

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