湘南モノレール沿線

中世と近現代

中世には鎌倉街道上道が東西に貫き防衛の要所であった。近代に入ってからは、多くの山林が大規模宅地造成により住宅団地に変貌した。しかし、鉄道の経路から外れていたこともあり中世の地勢を留めている場所も多い。

湘南モノレール沿線の寺

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湘南モノレール沿線について

撮影後記

このエリアは旧深沢村にほぼ相当します。(コンテンツの分散のために一部、腰越の一部と藤沢の片瀬も入る) わかりやすくするため湘南モノレール沿線としました。
 鎌倉時代には、化粧坂から藤沢へ通じる鎌倉街道上道がこのエリアを東西に貫き、防衛の要所でした。 化粧坂と大仏坂の中間にあたる常盤の谷戸には北条氏常盤亭跡の跡が残っています。 また、近世には東海道戸塚宿から鎌倉へと通じる鎌倉街道中道の小袋谷で分岐した江の島道が、南北に通っていました。
 近代に入ってからは、観光地として江ノ島が注目を集めると、鎌倉の古都保全地域とは趣を異にする都市地域として開発が進みました。 多くの耕地や山林が大規模宅地造成により住宅団地に変貌し、鎌倉山が別荘地として開発されました。 しかし、東海道・横須賀線の経路から外れていたこともあり、昔ながらの谷戸風景も数多く残っています。 また、鎌倉中央公園をはじめ広町緑地や山崎谷戸など自然も多くあって中世と近現代が表裏一体のようなエリアだと思います。

所在地: 神奈川県鎌倉市 梶原・鎌倉山・上町屋・手広・寺分・常盤・笛田・山崎・字腰越と腰越4~5丁目・津・津西・西鎌倉・藤沢市の一部

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