さくら紀行
全国の一本桜、名桜、お花見名所への巡礼記憶
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さくら紀行
全国の一本桜、名桜、お花見名所への巡礼記憶
米原市清滝の徳源院に植えられている佐々木道誉(佐々木高氏)お手植えと伝わるシダレザクラ。 現在の樹は二代目で、推定樹齢は300年ほどといわれ、市の天然記念物に指定されている。 清瀧寺徳源院は、鎌倉時代より近江の守護識であった佐々木氏の別家であり江戸時代にかけての名家京極氏の菩提寺である。 境内奥の京極家墓所は、国指定史跡として保護されている。 佐々木道誉は、北近江の守護で鎌倉幕府滅亡寸前まで御家人として活躍したが、足利尊氏が室町幕府を開くやいなや、政所執事や6ヶ国の守護を兼ね反南朝勢力の雄となった。 「ばさら」と呼ばれる当時の美意識を持つ「婆沙羅大名」として知られ、「太平記」には、文化人として秀で、朝廷などの伝統的権威を嘲笑し粋に振舞う逸話が数多く記されている。 高氏公は31歳で入道となり、「道誉」と号された。
国指定史跡の清滝寺京極家墓所の徳源院に植えられている名桜です。
ここは参道の桜並木から境内にもサクラが数多く植えられていました。
観桜客が程ほどにいて、地元のちょっとした桜名所といった雰囲気でしたね。
お目当てのシダレは、さすがに見頃を過ぎていましたが、撮れないレベルではなかったのが幸いでした。
佐々木導誉(京極高氏)の活躍で京極家は室町時代には四職を務めた名家でしたが、戦国時代に浅井氏の台頭などにより徐々に衰退し、京極高次が戦国時代の三英傑に仕えて再興し、江戸時代には外様大名として名家を維持しています。
その後、四国の丸亀藩へ転封となりましたが、近江の一部も領し、当寺は篤い庇護を受けました。
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