淡墨桜

日本三大桜

日本三大桜のひとつで、本巣市の根尾谷にある。幹周9.9mのエドヒガンの代表的巨樹で、国指定天然記念物である。継体天皇お手植え伝説から樹齢1,500年とされ、散り際に淡い墨色になることから「淡墨桜」と称される。

根尾谷淡墨桜

根尾谷淡墨桜について

基本情報

呼称
根尾谷淡墨ザクラ(ねおだにうすずみざくら)
別称
淡墨桜、薄墨の桜
樹種
江戸彼岸桜
樹齢
伝承1500余年 - 現地解説碑。
伝承1400年 - 平成3年 環境庁調査報告書。
樹形
幹周9.9m、樹高16.0m、枝張27.6m - 平成21年 本巣市。
幹周9.1m、樹高17.2m、枝張23.9m - 現地解説板。
幹周9.2m、樹高17.2m、枝張23.9m - 平成3年 環境庁調査報告書。
指定
日本国指定天然記念物 - 大正11年 日本国内務省指定。
見頃
例年4月上旬から4月中旬頃
夜桜
ライトアップあり
駐車場
有料駐車場あり
所在地
岐阜県本巣市根尾板所上段995(標高200m)
開花状況
本巣市

概要

日本三大桜、旧日本五大桜のひとつで、本巣市の根尾谷淡墨公園にある伝承樹齢1,500年のエドヒガンザクラ。 幹周9.9m、樹高16.0m、枝張り東西27.6m 南北25.0mで、由緒ある桜の代表的巨樹として国の天然記念物に指定されている。 江戸彼岸桜特有の咲き始めは淡紅色、満開時には白色へ、そして散り際に淡い墨色になることから「薄墨桜」と称せられる。 467年(雄略天皇11年)頃、尾張一宮の眞清田神社に生まれた男大迹王(おおとのみこ)は、皇位継承に絡み根尾村に逃れた。 生長して29歳となった男大迹王(後の継体天皇)が、都からの招きで根尾谷を去る時、檜隈高田皇子(後の宣化天皇)の産殿を焼き払い、その跡に1本の桜の苗木を御手植えされ、身代の形見にしたと根尾谷に伝わっている。 しかしながら大正時代から樹勢が衰退し始め、戦後まもなく数年以内に枯死すると判断された。 そこで岐阜の医師前田利行翁が土壌を掘り起こし、山桜の根238本を採取して根接ぎを施すると見事に樹勢が回復した。

撮影後記

 祖母が淡墨桜を観に行って土産話を聞いたことから、小学校のときからその存在を知っていた数少ない名桜。 あの天下に名高い三春の滝桜さえも、知らなかったというのに。 それほどまでに、東海地方や近畿地方で絶大なる知名度を誇ります。 また、全国各地にある「薄墨桜」の語源ともなった名桜です。 ちなみに根尾谷の薄墨桜は、「淡墨桜」と記載します。
 そんな訳で混雑を予想し、現地到着は夜がまだ白み始める前。 以外や意外、数人程度のカメラマンがいるのみで、花見客が写りこまない写真が容易く撮影できました。 さらに、そのネーミングから淡紅色の色抜けしていない状態ではなく、満開から数日経った日に狙いを定めて訪問しました。 花付きも抜群な年で、満足いく写真を撮影できました。

更新履歴

2018年6月6日
初版をアップロードしました。

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