長谷寺の遮那桜

源義経お手植え

源義経お手植えと伝わるエドヒガン巨樹が、登米市中田町の長谷寺に自立し、市の天然記念物に指定されている。平泉に下った義経が長谷寺を訪ね、童名遮那王丸からここを遮那山と称して桜を一枝ここに植えたという。

長谷寺の遮那桜

長谷寺の遮那桜について

基本情報

呼称
長谷寺の遮那桜(はせでらのしゃなざくら)
樹種
江戸彼岸桜
樹齢
推定810年 - 宮城県公式Webサイト。
推定300年以上 - 平成3年 環境庁調査報告書。
樹形
根周5.5m、幹周4.45m - 昭和62年 現地解説板。
根径1.9m、幹径1.1m、樹高14m - 宮城県公式Webサイト。
幹周3.5m、樹高12m、枝張14m - 平成3年 環境庁調査報告書。
指定
登米市指定天然記念物 - 昭和61年 旧中田町指定。
見頃
例年4月中旬から4月下旬頃
夜桜
ライトアップなし
駐車場
参拝者無料駐車場あり
所在地
宮城県登米市中田町浅水長谷山(海抜45m)

概要

源義経お手植えと伝わるエドヒガンザクラが、登米市中田町の長谷寺観音堂前に自立している。 文治三年(1187年)平泉に下った源義経が長谷寺を訪ね、童名遮那王丸からここを遮那山と称し、遮那王が自ら桜を一枝ここに植えたと言い伝えられている。 根周5.5メートル、幹周4.45メートルの巨樹で、市の天然記念物に指定されている。 天台宗寺門派に属する遮那山長谷寺は、大同二年(807年)坂上田村麻呂東征のときの開創と伝わる古刹。 陸奥国7ヶ所に建立された観音堂のひとつで、奥州藤原氏らの帰依により興隆した。

撮影後記

 5月上旬では既に葉桜では、と期待薄で訪ねました。 日当たりの関係か思いのほか花が残っていました。 嘗ては幹の腐朽や枝枯れも多くて瀕死の老樹だったそうですが、樹勢回復施術がなされ、誰一人来ない観音堂前で木漏れ日を浴びて優雅に桜花が耀いていました。

更新履歴

2018年7月9日
初版をアップロードしました。

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