筆甫の親王桜

義良親王

伊具郡丸森町の筆甫地区の薬師堂の傍らに立つエドヒガンザクラの古木で、町の天然記念物に指定されている。1335年、北畠顕家が義良親王を伴って参詣された際に植樹されたものと伝わり、「親王櫻」と称されている。

筆甫の親王桜

筆甫の親王桜について

基本情報

呼称
筆甫の親王桜(ひっぽのしんのうさくら)
別称
筆甫のうばひがん桜
樹種
江戸彼岸桜
樹齢
伝承659年 - 平成6年 現地解説板。
伝承450年 - 平成3年 環境庁調査報告書。
樹形
幹径1.9m、樹高18m - 宮城県ウェブサイト。
幹周5.3m、樹高20m、枝張20m - 平成3年 環境庁調査報告書。
指定
町天然記念物 - 昭和43年 丸森町指定。
見頃
例年4月下旬頃
夜桜
ライトアップなし
駐車場
無料駐車場あり
所在地
宮城県伊具郡丸森町筆甫和田(標高320m)

概要

伊具郡丸森町の筆甫地区に立つ幹周5.3mに及ぶエドヒガンザクラの古木で、町の天然記念物に指定されている。 傍らには薬師瑠璃光如来を祀る薬師堂が建っている。 かつてこの場所には、慈覚大師建立と伝わる大蔵院があったという。 建武二年(1335年)、陸奥守・北畠顕家は、霊山城築城の折、霊山城より見て鬼門に位置する大蔵院を、峰流山医王寺と改号して、境内に薬師堂を建立した。 当時18歳であった顕家公は、8歳であった後醍醐天皇第8皇子・義良親王(後の後村上天皇)を伴って参詣され、国土安泰・鬼門除難を祈願され、境内に一本の桜の木を植樹されたと伝わる。 平成6年、当時を偲びて、この桜を「親王櫻」と命名された。

撮影後記

 平成3年 環境庁調査報告書によれば、伝承樹齢450年と記されていました。 現地の解説板は平成6年のものなので、以前は南北朝時代ではなく、戦国時代に別の縁起があったのかもしれません。 まぁ、この樹幹ならば伝承樹齢は推定樹齢でも問題なく、県の指定をうけても相応しいかと。 おまけに、枝支え棒もない自然のままの立姿で、宮城県を代表する名桜と云っても過言ではないと思います。

更新履歴

2013年10月8日
初版をアップロードしました。
2013年12月31日
携帯電話・スマートフォン専用壁紙を休止しました。
2014年1月1日
一部の無料壁紙を会員限定の閲覧に制限しました。

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