延命地蔵堂の桜

首なし地蔵の大桜

樹齢450年のエドヒガン。川中島の戦いの頃、塩野に住む美しい娘が賊に襲われかけた時、地蔵堂の地蔵尊が身代わりになって首を落とされたという話が伝わる。桜は、その頃植えられたものだと云われ、地域住民には首なし地蔵さまの「大桜」として親しまれている。

延命地蔵堂の桜

延命地蔵堂の桜について

撮影後記

 以前掲載した「弁天さんのしだれ桜」と同じ豊丘地区にある名桜です。 須坂で最も大きな一本桜だと思います。 夕方、弁天さんのしだれ桜を撮るために、ここに再び立ち寄りました。
 延命地蔵の縁起をもう少し詳しく紐解くとこうです。 戦国時代、塩野に住む16歳になる美しい娘がいました。 娘の父親は川中島の戦いで戦死し、母親も病に倒れてしまいます。 娘は母の回復を祈るため、小婢一人を連れて地蔵堂に籠ったのですが、そこに賊が忍び込み、小婢を縛りつけ、娘にたわむれかかったのです。 武家育ちの娘は懐剣を抜いて抵抗しましたが、残念ながら賊に首を打ち落とされるのを縛られていた小婢が見てしまいました。 ところが、あろうことか地蔵尊の後ろから娘が現れて小婢の縄を解いてくれたのです。 余りの不思議さにあっけにとらわれていると、地蔵尊の首は下に落ちていたのでした。 その後、娘は母を看取り善光寺の尼寺に入ったということです。 というくだりのお話です。 他にいろいろな縁起がある地蔵堂なようで、この縁起通りか、はたまた悲しい話かは定かではありませんが、この場所でなにかが起きて、村の人が地蔵堂にサクラを植えたのでしょう。

概要・歴史

樹高12メートル、幹周5.6メートル、枝張り13メートル、樹齢450年の江戸彼岸桜。 延命地蔵縁起よると、嘗てこの付近には地蔵堂があったと伝わる。 時は川中島の戦いの頃、塩野に住む美しい娘が賊に襲われかけ、切られそうになった時、その地蔵堂の地蔵尊が身代わりとなって首を落とされたという話が今に伝わる。 その後、この地蔵を「首なし地蔵」と呼ぶようになった。 地蔵尊は現在、隣にある「旧園里学校」の中に安置されている。 桜は、その頃植えられたものだと云われ、地域住民には「大桜」として親しまれている。 昭和47年、須坂市の天然記念物に指定された。 見頃は、例年4月中旬から4月下旬頃。

住所: 長野県 須坂市豊丘1078-2

更新履歴

2011年8月18日
初版をアップロードしました。
2013年12月31日
携帯電話・スマートフォン専用壁紙を休止しました。
2014年1月1日
一部の無料壁紙を会員限定の閲覧に制限しました。

延命地蔵堂の桜紀行のコメント

コメント欄

こんばんは。昨日ひさしぶりに会った友にサイトぬし様の写真を見せたのですが、私と同じく驚いていました(笑)須坂市の桜。広がり方が素晴らしいですね。ありがとうございます。

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