桜堂の桜

名残の桜

下伊那郡高森町下市田の路傍に一本のエドヒガンザクラが立つ。この地籍は嘗て「桜堂」と呼ばれる御堂があった。この地を治めていた松岡氏家臣が此処に帰農して桜並木を整え、その名残の桜であると伝えられている。

桜堂の桜

桜堂の桜について

基本情報

呼称
桜堂の桜(さくらどうのさくら)
樹種
江戸彼岸桜
樹齢
推定300年 - 現地解説板。
樹形
幹周3.4m、樹高21m - 平成23年 現地樹名板。
幹周1.2m、樹高21m、枝張24m - 現地解説板。
見頃
例年4月上旬から4月中旬頃
夜桜
ライトアップなし
駐車場
専用駐車場なし
所在地
長野県下伊那郡高森町下市田(標高460m)

概要

下伊那郡高森町下市田を流れる間ヶ沢近くの路傍に一本のエドヒガンザクラの大木が自立している。 この地籍にはかつてお堂があり、付近に数本の桜の大木があったことから、「桜堂」と屋号で呼ばれていた。 天正十六年(1688年)この地を治めていた松岡氏が断絶した際に家臣であった羽生筑後守が此処に帰農して沢沿いに桜木を植えたと伝わる。 その後三代目の長右衛門の時代の延宝八年(1660年)に山津波で屋敷が流されてしまった。 この桜はその名残の一本であると言い伝えられている。

撮影後記

 一本桜の北西側の河岸段丘上に松岡氏の居城であった松岡城址があります。 戦国時代の騒乱を上手く乗り切ってきたのですが、終盤の抗争には抗えず断絶してしまいます。 そういった経緯で、城下の此の地に帰農してきたものと思われます。 下市田地区のエドヒガン群は、羽生氏が植えたものの子孫なのかもしれませんね。

更新履歴

2018年1月29日
初版をアップロードしました。

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