墓前の桜

真田信綱

上田市真田町の信綱寺に立つエドヒガンの古木。長篠の戦いで討たれた真田信綱の御首級は、忠臣によって血染めの陣羽織に包まれ当地に運ばれ葬られた。現在、山門脇に立つサクラこそ、その信綱公の墓標の桜と伝わる。

墓前の桜

墓前の桜について

基本情報

呼称
墓前の桜(ぼぜんのさくら)
別称
信綱寺の墓前之桜
樹種
江戸彼岸桜
樹齢
伝承400年以上 - 伝 1575年植樹。
伝承400年 - 平成3年 環境庁調査報告書。
樹形
幹周4.0m、樹高10m、枝張5m - 平成3年 環境庁調査報告書。
見頃
例年4月中旬から4月下旬頃
夜桜
ライトアップなし
駐車場
無料駐車場あり
所在地
長野県上田市真田町長8100(標高730m)

概要

上田市真田町の信綱寺山門脇に植樹されているエドヒガンザクラの古木。 長篠の戦いで徳川方に討たれた真田信綱の御首級は、忠臣の白河兄弟によって着用していた陣羽織に包まれ、この地にあった打越寺まで運ばれた。 手厚く葬ったのち、墓前に桜を植え、ここで自刃し果てたと伝わる。 後に打越寺は、信綱の弟である昌幸が信綱の位牌所として「信綱寺」と改号し、墓所は寺の裏山に移された。 現在、山門脇に立っているサクラこそ、その信綱公の墓標の桜と伝わり、「墓前之櫻」と呼ばれている。

撮影後記

 市のホームページには、信綱寺黒門付近に植えられているソメイヨシノが紹介されていました。 黒門の桜はまだまだとのことでしたが、エドヒガンなら咲いているかもという一縷の望みをかけて、標高の高い信綱寺まで足を伸ばしてみました。 この上田市北東部にある信綱寺付近は、中世に信濃真田氏が居館を構えていたと言われる地であり、曹洞宗信綱寺は、家督を継いだ真田昌幸(幸村の父)が兄信綱と昌輝の菩提寺として建立した由緒ある寺です。
 真田信綱は、武田信玄・勝頼に仕え、長篠の戦いで弟の昌輝と共に戦死しています。 信綱の御首級は、家臣の手によって、信綱が着用していた陣羽織に包まれ当寺まで運ばれたといわれます。 その血染めの陣羽織は、今も宝物館に大切に収蔵され、拝観することができます。

更新履歴

2013年6月22日
初版をアップロードしました。
2013年12月31日
携帯電話・スマートフォン専用壁紙を休止しました。

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