粟田部の薄墨桜

継体天皇

花筐公園皇谷の地に立つ福井県指定天然記念物のエドヒガン。粟田部の地に寓居のあった継体天皇形見の桜と伝わり、上洛後は縁遠くなったせいか薄墨色となり、里人は筐(かたみ)の花「薄墨桜」と呼ぶようになった。

粟田部の薄墨桜

粟田部の薄墨桜について

基本情報

呼称
粟田部の薄墨桜(あわたべのうすずみざくら)
別称
花筐公園の薄墨桜
樹種
江戸彼岸桜
樹齢
推定600年 - 花筐自治振興会。
推定500年~600年 - 越前市ウェブサイト。
推定200年~299年 - 平成3年 環境庁調査報告書。
樹形
根周5.3m、樹高18m、枝張20m - 福井の文化財。
幹周4.5m、樹高10m - 花筐自治振興会。
根周5.3m、幹周4.0m、樹高9.0m - 現地解説板。
幹周4.00m、樹高20m、枝張20m - 平成3年 環境庁調査報告書。
指定
県天然記念物 - 昭和45年 福井県指定。
見頃
例年4月上旬から4月中旬頃
夜桜
ライトアップなし
駐車場
無料駐車場あり - 駐車場から徒歩20分程。
所在地
福井県越前市粟田部町(標高200m)
サイト
花筐自治振興会

概要

花筐公園の三里山行司ヶ岳山頂に近い皇谷の地に立つエドヒガンで、福井県の天然記念物に指定されている古木。 室町時代、世阿弥作とされる謡曲「花筐」にうたわれている名桜である。 伝承によれば、当地に寓居のあった大迹皇子(後の継体天皇)は桜をことのほか愛でていたが、即位のためこの地を去るにあたって形見として残されたものと伝わる。 皇子在郷のとき花は淡紅色であったが、都へ上った後は御縁が遠くなったせいか次第に薄墨色となり、里人は筐(かたみ)の花「薄墨桜」と呼ぶようになったという。 文亀二年(1503年)、俗風に染まるのを畏れて、右野盛重はよって現在地の皇谷に移植され、継体天皇由縁の地として名勝を今に伝えている。

撮影後記

 花筐公園の琴弾山展望台から山道を登ること15分ほど、山の斜面に根を張っていました。 県は生育環境を整備するために1200万円をかけて、斜面の改修を行ったそうです。 が、その2年後に大枝が無残にもボキっと逝ってしまいました。 天寿を全うしたのか、はたまた改修の影響なのか、知る由もありません。

更新履歴

2014年7月26日
初版をアップロードしました。
2014年8月5日
登録カテゴリを中部から北陸に移動しました。

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